忘れられない思い出はたくさんある。子供の時のこと、初恋のこと、留学のこと、1つだけ選ぶのは簡単ではないが、人生で一番うれしかった日について書きたい。
私は高校を卒業した後、日本の大学に行かないで、アメリカに英語留学した。日本に帰
国して少し働いた後、大阪にある大学に「社会人入学」をした。クラスメートはみんな私より6歳年下の18歳。アメリカでは珍しくないが、その時の日本では、とても珍しいことだった。入学試験は英語と面接だけだった。面接では、「あなたのような年齢の女性は、結婚や出産で卒業する前にやめてしまうけど、あなたは大丈夫?」と、セクハラのようなことを聞かれたが、「私は絶対やめません!」と面接官に言った。
留学で両親のお金をたくさん使ったので、次は自分で働いたお金だけで勉強しようと決
めた。私立大学だったので、授業料が高かった。一人暮らしのアパート代や食費も必要だ。毎日英語を教えるアルバイトをしながら、大学に通った。電車の中でたくさん勉強して、夜 11時ごろ家に帰って晩ご飯を作って、夜中まで勉強をした。朝の授業はよく遅刻していたが、宿題は必ずして、学校は一日も休まなかった。
めた。私立大学だったので、授業料が高かった。一人暮らしのアパート代や食費も必要だ。毎日英語を教えるアルバイトをしながら、大学に通った。電車の中でたくさん勉強して、夜 11時ごろ家に帰って晩ご飯を作って、夜中まで勉強をした。朝の授業はよく遅刻していたが、宿題は必ずして、学校は一日も休まなかった。
大学2年生の6月、体育の授業でバレーボールをしていて、アキレス腱を切ってしまった。すぐ病院に行って、手術をして、入院することになった。アルバイトには行けなくなったが、保険でお金が出たので助かった。入院している間、タクシーやバスで大学に通った。病院の先生や看護婦さんが、家族のように毎日「行ってらっしゃい」、「おかえり」と言ってくれて、うれしかった。それに、毎日料理をしなくてもいい!おいしいご飯がタダで食べられて、 元気が出た。
大学3年生の時、1年間オーストラリアのメルボルンにある大学に交換留学したが、とても楽だったので、ぶくぶく太ってしまった。国からの奨学金と円高のおかげで、お金の問題はなく、日本に帰る前にはオーストラリアでバックパッカー旅行もできた。
留学から帰ってから大学を卒業するまでの1年は、またアルバイトと大学の毎日だった。いつも忙しくて、寝る時間があまりなかったが、英語を教えるのが楽しかったから、苦しくなかった。
卒業の前に、グッドニュースが届いた。私は英米語学科の全学生1,100人中、一番だったので、卒業式の時、英米語学科卒業生代表で表彰されることになった。「え?社会人入学の私が1番?毎日アルバイトしていた私が?!本当に?」信じられなかった。すぐ両親に電話した。「お父さん、私、大学を一番で卒業するの。卒業式に来てくれる?」私のことをずっと心配していた父が、「そうか、よかったな。」と言ってくれた。「うん」涙が止まらなかった。
卒業する前に、面接官の先生に会いに行った。「先生、私は約束を守りましたよ。卒業式を見に来てください。」先生は何も言わなかったが、私は最高の気分だった!
卒業の前に、グッドニュースが届いた。私は英米語学科の全学生1,100人中、一番だったので、卒業式の時、英米語学科卒業生代表で表彰されることになった。「え?社会人入学の私が1番?毎日アルバイトしていた私が?!本当に?」信じられなかった。すぐ両親に電話した。「お父さん、私、大学を一番で卒業するの。卒業式に来てくれる?」私のことをずっと心配していた父が、「そうか、よかったな。」と言ってくれた。「うん」涙が止まらなかった。
卒業する前に、面接官の先生に会いに行った。「先生、私は約束を守りましたよ。卒業式を見に来てください。」先生は何も言わなかったが、私は最高の気分だった!
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| 映画 "Back to School" のエンディング |


